| カカシは昏倒するように意識を無くしたイルカに、ぼんやりと呟いた。 「……そういうセリフをね、俺はユキに憑かれたままのイルカ先生から聞くのが、もういやなんですよ」 これもまた勝手な自分の都合でしかないのだと、自覚はあった。中途で止めてしまった指の動きもだ。 長く尾を引く犬の遠吠えがカカシの耳に微かに届く。使役達が呼んでいた。 急いでイルカの身繕いをする。ローブを剥ぎ、まるめたそれで真実これで最後であろう行為の残滓を拭う。白い生地は手の中で燃やし、僅かな灰にして部屋の隅の屑篭に放った。無断で整理箪笥をあけ、忍服のアンダーシャツの上下だけは着せた。昏睡したように動かないイルカの四肢は、木偶人形のようにダラリと重く、袖を通すのに少し手こずった。思ったより時間がかかってしまったのは、カカシが情事にまだ染まるイルカの裸体につい見入ってしまったためでもあっただろう。 カカシはイルカに上掛けをかけると、部屋の中心で結界法を施行した。玄関、窓、四方の壁にそれぞれ内側から見えない壁を作ってイルカが外に出られぬように、閉じ込めた。それは同時に外部からの侵入者も阻むものだった。 額宛を結び直す。きつく、きつく、頭蓋が軋むほどの力を込めて。邪な煩悩をそうすることで頭から締め出すように。 そしてカカシはイルカの部屋を出た。瞬時で自宅に戻った。 忍具を掴み、背中にワイヤーで括る。ベストのホルダーの石の塊は、上から軽く叩いて携帯を確かめた。 念のため標準装備のポーチの中身を確認する。もしものための兵糧丸や薬剤に衛生材料、クナイや手裏剣の数を見て、それから愛読書の恋愛小説を引っ張り出した。普段は面白おかしく読んでいる作り話が、今は表紙も見たいとも思わなかったのだ。 恋愛の駆け引き、苦悩、成就。それらを娯楽として楽しめたのは、自分がいつでも当事者ではなかったからだった。 そう、すべてが他人事であったのだ。カカシはもう楽しめない。見世物の格闘技を観戦して手に汗握っていた子供が、殴られる痛みを知り、本物の傷つけ合いを知り、見世物は見世物なのだと認識して現実の過酷さに慄くように。 初めて人肉を切り裂いた瞬間に、本物の殺傷は易くないと知った。まるであの時のように、カカシは怯えを感じていた。 「……怖いな」 本音で呟いて、本をテーブルの上に放った。 |