| カカシはうみのイルカを自分の部屋に連れて来た。家は何処か訊ねても返事がないので、しかたなくのことだった。木の葉病院に運んでもよかったのだが、急患と呼ぶほどでもない。イルカの様子は確かに普通ではないが、心の病に罹っているとも思えなかったのだ。 見た目顔色が優れないわりに、身体は衰弱していない。しっかりした筋肉は忍そのもので、飯もしっかり食っているようだし、幾日も何かに捕らわれ鍛錬を怠っている肉体ではない。つまり死を選ぶほど欝的なわりには、目立つやつれがない。任務続きの暗部の方が、よほど疲労困憊してげっそりしているだろう。 きっと何かの間違い。思いつき。一時の衝動。或いは誰かに暗示系の忍術でもかけられたかとカカシは踏んだ。けれどイルカに術の痕跡は見当たらなくて、それも腑に落ちない。 誰か別な者がイルカを装い演技をしているようでもある。この男は本当にうみのイルカかと疑ってみるが、確かめる術はなかった。カカシは個人的な交流はなく、イルカがイルカたる証が不明であった。一対一でチャクラの質を検分したことがない。体臭も覚えるほど嗅覚に留めていなかった。触れるほど近付いたこともなかった。 取りあえず部屋の空調のスイッチを入れ、風呂に湯を溜めた。次に脱衣所の床に転がしていたイルカの衣類を剥ぎにかかる。まともに脱がせたのはベストだけで、あとは面倒になり、ほとんど切り裂き破った。 アンダーの上下を床に散らかしながらイルカを裸に剥いているうちに、戦闘時についたのだろう細かな傷痕が散在しているのが眼に入る。一人前に実戦の経験はしてきたらしい。それから項に一箇所、右の鎖骨のすぐ下に二箇所、数日前についたと思しき艶めいた鬱血が散っていたことは、女など知らぬような真面目な雰囲気ばかり漂わせていても、一丁前に雄であったのだと妙な感心を覚えた。 イルカが付けていた帷子やアンダーの切れ端を落としているうちに、眠っているように閉じていたイルカの瞼が開いた。軽く見張られた眼の下で、気管は息を飲んだようだった。次にイルカが見せたリアクションは、下着を下ろしかけたカカシの手を止める仕草である。けれどそのカカシの手首を指で払おうとする動きは、まるで今際の際の動作のように弱く、叩き落とすとそれきり動かなかった。 性器と尻が丸出しになった時、唯一生きた主張のように、やっとイルカの頬に微かに血の色が視え隠れした。 「……ほうっておいて……くれませんか。俺なんか、生きている価値、ないんです」 これがイルカの第一声であった。 カカシはそのセリフを聞きざま、引き抜いたイルカの下着を怒りに任せて床に叩きつけていた。それから空になった自分の手を握りしめていた。 この青年からそんな情けない言葉の羅列を聞くとは夢にも思わなかったのだ。 自分なんか、とはなんなのか。生に価値がない、とはどういう意味か。執務室の仕事を手伝うくらいだから里長の信頼は相当なものだろう。そんな人物が、何を寝惚けたことを、と思う。 カカシは辛うじて固めた拳骨を開く。力任せに殴れば今のイルカは容易に気絶するだろう。黙らせることは可能であったが、意識のない者を罵倒するのも間が抜けている。だから昏倒させぬ程度に平手でイルカの横面を打った。 |